「労働=美徳」の思想は苦しみの原因。お金だけをゴールにすれば楽になる

モンスター社員

こんにちは、ひつじ先輩です。

労働は美徳などではありません。

 

1つの会社で長く、身を粉にして働かせていただく。
それが、まともで一人前の大人というもの。

このような労働を美徳とする思想は、いまだに健在です。

 

こんな意見に触れると

ひつじ
ひつじ

あほくさ。
会社は代々受け継いだ田畑か何かか?w
封建時代から転生してきたのか?w

と思う人も多いでしょう。

しかし、この思想は多くの人に刻まれています。

 

私はずっと脱労働を目指してきた人間ですが、辞めるときに恐れを感じました。

経済的リスクとは別の、レールを外れることへの恐れです。

 

この恐れこそが、私や多くの人に刻まれた「労働=美徳」思想の表れです。

ここでのレールとは、労働=美徳とする価値観においての”あるべき姿”。

 

その価値観に洗脳された部分があるから、それ反するのを悪行だと感じてしまう。

誰も自分を不道徳な悪人だと思いたくないし、思われたくないのです。

 

だから仕事を辞めるのは恐ろしいし、職を失うリスクのある行動はすべて恐ろしい。

経済的リスク以前に、人としてのランクが下がったり、天罰が下りそうなどと感じる。

 

上司に意見できないのも、周囲に合わせてサービス残業してしまうのもそのためです。

 

誰もがこの恐れに支配されており、それが労働の苦しみを無駄に大きくしています。

 

しかし、なぜ「労働=美徳」となったか理由を知れば、ろくな根拠がないと分かります。

労働を美徳とする価値観を脱するほど、恐怖による支配から自由へと近づきます。

なぜ労働は美徳となったか

なぜ労働は美徳となったか

価値観が成り立つ過程には、「それが正しかった経験」があります。

 

「友だちは大切」と考える人が多いのは、友だちが人生にプラスだった経験をする人が多いから。

「医者の指示は聞くべき」と考える人が多いのは、それで元気になった人が多いからです。

 

「労働は美徳なので、身を粉にして会社に忠誠を尽くす」という奴隷じみた考えも同じです。

長い間、それが正しかったからこの考えが広まりました。

 

日本は敗戦から高度経済成長期まで、インフラから食料、衣料、、とにかくあらゆる物が不足していたんです。(中略)こう言う経済条件の場合、とにかくたくさん働いて供給を増やし需要を満たすことで取引が増えて皆んながお金儲かって経済が回り発展します。

引用元:何故日本人は長時間労働や残業を美徳とし、楽をすることを許さないのでしょう?

供給が不足するほど、がむしゃらに働くことが良い結果に繋がっていたようです。

 

敗戦から高度経済成長期の終わりまで、約25年あります。

その期間に広がった労働を美徳とする価値観が、需要が落ちた今でも生き残っているのです。

 

なぜ労働は美徳であり続けるか

高度経済成長期が終わってから、50年が経ちます。

労働が美徳であるとする思想はなぜこんなにも長く生き残っているのでしょうか?

 

その理由は、会社にとって都合がよいからです。

 

「頑張るといいことがある」とは、もう誰も思っていません。

「出世したい」と思っている人すら減っています。

 

そんな中でも会社側は、従業員を働かせなければいけない。

なんなら安い賃金で、隙あらばサービス残業してくれると理想です。

 

そんなときに上司にとって活用しやすいのが、「労働=美徳」とする思想なのです。

 

出せるニンジンはない、セロリもない。

それでも馬を走らせたければ、ムチで打つのがカンタンです。

 

神聖なる労働に後ろ向きの態度を示すものは、まともでない異常者。

一人前以下で、感謝の気持ちに欠けた人格破綻者。

 

ここまで強い言葉を発せずとも、そういった空気を作るだけで十分です。

空気は強力に部下を縛り付け、罰への恐れが彼を従順な社畜へと変えてくれます。

 

正しさを失ったはずの労働を美徳とする思想は、従業員の奴隷化に適しています。

それゆえに利用され続け、結果として今も多くの人がそれを(程度の差こそあれ)信じています。

 

「労働=美徳」は苦しみの原因

「労働=美徳」は苦しみの原因

労働=美徳とする思想にすでに根拠はなく、組織が都合よく利用する言い分に過ぎません。

それを真に受けて働くことは、苦しみを増大させます。

 

昭和的な価値観では、極端に従順な姿勢だけが求められます。

進んで自己犠牲をし、それを当然と思っていないと”まともではない”のです。

 

何を言われても断らず、有給が取らず、定時で帰らない。

労働=美徳とする思想は、そんな働き方から抜け出せない原因の1つです。

 

労働の目的はお金です

組織に染み込んだ思想を変えることはできません。

しかし、自分自身の思い込みをなくすことはできます。

 

労働を美徳だと信じて自分を犠牲にしても、苦しくなっていくだけです。

それが分かれば、求められる昭和的な働き方に付き合うのがバカらしくなるでしょう。

 

他者からの”まともな人”だという評価。

自分自身の”俺はまともだ”という評価。

 

時代遅れの価値観による評価に意味はありません。

 

評価を守るための余計な制限を取り払う。

余計な行動をやめる。

 

それだけで、かなり楽になります。

 

労働はすべてを捧げるべき神聖な営みではなく、金を稼ぐ手段です。

毎月の給与が振り込まれている時点で、目的は達成されているのです。

 

目的をシンプルにお金と置けば、他人に何を言われても気になりません。

有給取得も定時退社も堂々とできる精神力が手に入ります。

 

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